こんにちは。
塵芥車(パッカー車)専門の整備士、井野口です。
前回の記事では、娘の誕生日の日に「アクティベーションラボ メンタリング」という起業家育成プログラムの存在を知り、応募するまでのことを書きました。
今回は、その次の関門だった二次審査のオンライン面接の日のことを書いてみたいと思います。

これまで経験したことのない時間でした
2025年11月20日。
二次審査はオンラインで行われました。
一次審査で提出した内容をもう少し詳しく説明し、その後に質疑応答を行うという形式でした。
これまで私は、
自分の考えを“事業として説明する”
という経験がほとんどありませんでした。
整備の仕事は現場が中心です。
車を診て、判断して、直して、また現場へ送り出す。
結果で信頼をいただく仕事です。
だから、自分の構想を言葉で伝えるという時間そのものが、とても新鮮でした。
自分の言葉で話そうと思っていました
正直に言うと、
うまく話せたかどうかは覚えていません。
ただひとつ意識していたのは、
自分の言葉で話そう
ということでした。
整備士として長く現場に立ってきた中で感じてきた違和感。
なぜ塵芥車は突然止まってしまうのか。
なぜ現場はいつも「故障してから対応」になってしまうのか。
そういった思いを、そのまま伝えようとしていました。
当時、審査申請の段階で私が考えていた事業案は、
「現場の声から生まれた塵芥車の安全教育」
「塵芥車の教育で人の命と環境を守り続ける」
というものでした。
現場で起きている事故やトラブルを減らすためには、正しい知識を届けることが必要だと考えていたからです。
面接が終わったあとに残った感覚
オンライン面接が終わったあと、
手応えがあったわけでもなく、
失敗したという感覚があったわけでもありませんでした。
ただ、
やれることはやった
という静かな気持ちが残っていました。
合格の連絡をいただいた日
その後、合格の連絡をいただきました。
もちろん嬉しかったのですが、それ以上に強く感じたのは、
ここから本当に始まるんだな
という気持ちでした。
この時点ではまだ、
群馬から名古屋へ通うことになるとは思っていませんでしたし、
事業の方向性が大きく変わる3か月になるとも想像していませんでした。
今振り返って思うこと
このオンライン面接は、
評価される場というよりも、
自分の考えを初めて外に出した時間
だったように思います。
そして、このあと始まる3か月間のメンタリングの中で、
事業のテーマは「教育」から
「塵芥車の現場を止めないための事業」
へと大きく変わっていきます。
次回は、群馬から名古屋へ通い続けた3か月間について書いてみたいと思います。
