こんにちは。
塵芥車(パッカー車)専門の整備士、井野口です。
4月19日、第40回全日本トライアスロン宮古島大会に参加してきました。
今回の大会は約1500人がエントリーし、最終出場選手数は1369人。
完走者は1164人、完走率は約85%でした。
その中で私は総合477位。
今年も無事に完走することができました。

満潮の時間帯のスイムから始まりました
今年は18日が新月。
スタート時間は朝7時、満潮は7時30分。
ちょうどスイムの時間帯に大潮の満潮を迎えるという条件でした。
潮の流れが強く、スイムでリタイヤされた選手も多かったようです。
私はスイムが得意な選手ではありませんが、18歳から続けてきたトライアスロンの経験と、これまで積み重ねてきたオープンウォーターの感覚に助けられながら、今年も無事にスイムアップすることができました。
自然の中で競技するスポーツは、毎年同じ大会でもまったく違う表情を見せてくれます。

バイク競技中に起きた出来事
2種目目のバイクでは、できるだけ感情に流されず、一定のペースを意識して走っていました。
しかし約37km地点の下り坂の右カーブで、前方の選手が落車。
さらにその前の選手も巻き込まれて転倒する事故が起きました。
私は間一髪で避けることができましたが、そのまま通過することはできませんでした。
バイクを降りて、
倒れている選手の救護
路上に散乱した機材の片づけ
後続選手への注意喚起
を行い、マーシャルの到着を待ちました。
対応していた時間は5分もなかったと思いますが、とても長く感じた時間でした。
マーシャルの到着を確認してから競技を再開しましたが、少しペースは乱れたかもしれません。
それでも、
何があってもゴールする
その気持ちだけは見失わないように走りました。

ランは自分との対話の時間でした
最後のランでは、走り始めてすぐに右ハムストリングに痛みが出ました。
さらに内臓の疲労からか補給食も受け付けなくなり、気持ちが落ちる時間帯もありました。
それでも、
足を止めたらゴールはない
そう思いながら、
痛みの出ないフォームを探しながら走り、
島の方々の温かい応援に励まされ、
ともに走る選手たちに力をもらい、
ゴールで待っている家族のことを思いながら前に進みました。
沿道からの「がんばれ!」という声は、本当に大きな力になります。
応援の力ってすごいな、と今年も何度も感じました。感謝でしかありません。
35kmを過ぎたころ、不思議と身体が軽くなり、いわゆる“ゾーン”に入ったような感覚がありました。
そして10時間43分01秒。
太陽が沈む前の明るい時間帯に、家族と一緒にゴールテープを切ることができました。

40代最後の宮古島でした
宮古島トライアスロンは、これまで一度も楽だった年がありません。
今年も例外なくつらい大会でした。
それでも、何度も弱い自分と向き合いながら、あきらめずにゴールできたことを嬉しく思っています。
私は18歳のときにトライアスロンを始めました。
31歳のとき、初めて宮古島を完走したときには、言葉にならない達成感と、五体満足に産んで育ててくれた両親への感謝の気持ちが自然と湧いてきたのを覚えています。
そして今回、40歳代最後の宮古島を走りました。

次は50歳の宮古島へ
ゴールしたときに感じる気持ちは、毎回違います。
そしてそれは、自分で意図して作れるものではありません。
今年も、とても良い宮古島トライアスロンでした。
次は50歳になった自分でも、またこの宮古島にチャレンジしたいと思っています。
またここに戻って来られるように、日々を大切に積み重ねていきたいと思います。
